新任教師自己紹介

みことばの豊かさを正しく汲む手がかりを

中川 克巳かつみ 足利BBC牧師

担当科目・キリスト教福祉概論

この度、新任教師としてお仕えさせて頂くこととなりました。

正直教会の働きにおいてもまだまだ未熟ですし、私自身がまだまだ教えられなければならない者であることを痛感しております。そのような私が教師としてのお話を受けさせて頂いたのは、私自身が現場に出てから学びの大切さ、足らなさを痛感したからです。

私自身は、宣教師の教会で教理的説教を聞いて信仰の成長に導かれた経験もあり、教理についてはよく知っていたつもりでした。神学校でもその知識に補強するような意識で学んでおり、あとは実践が重要だと思っておりました。ところが現場に出てわかったのは、自分の聖書理解があまりにも辞書的、あるいは自分の経験に偏ったものであって、聖書本来のメッセージを理解するものではなかったということです。そのために自分とは異なる背景を持つ方、異なる強さ弱さを持つ方に対して、適切に御言葉をお伝えできない。自分自身が理解していない。そのような自分に気づかされて愕然としました。様々な背景を持つ方に、様々な切り口か御言葉を説き明かすには、聖書の背景や文脈をよく知っていなければなできない。そのことに気づかされました。文脈や文化背景の重要性は、神学校で充分教えて頂いていたのですが、自分の視点が狭く、高慢であったために正しく受け止められていなかったのだと思います。

そこで自分が語りたいメッセージではなく、聖書が本来持っているメッセージは何だろうか。そのような当たり前の事、またご指導を頂いた先生方にも散々教えて頂いていたことを、改めて学び直し、取り組む毎日でした。その積み重ねをしていく内に、聖書がどの時代のどの文化の中にいる、どのような背景の人たちにも必要なメッセージを持っていることが少しずつ、改めてわかってきたように思います。その経験が足利教会に導かれてから本当に支えになりました。その地域、その教会独自の良さや問題もありますが、その中でどのように御言葉を受け止めて行くべきか。まだまだ不充分ではありますが、その視点の大切さを実感しております。

そのような中で、神学校教師のお話も頂きました。まだまだ、自分自身が学んで行かなければなりませんし、実践していかなければなりません。けれども自分自身が教えられたことが少しでも今後の献身者の役に立つことができたら、主のお役に立てるのではないか。そのような思いが与えられました。学生たちに教えるよりも、まず自分自身が学び直し、整理しなければならないと願っております。その中でますます、神への恐れを失い、健全な教えが伝わりにくくなるように見えるこの時代にあって、献身者が少しでも健全な教えに立ち、御言葉に支えられ、強められて働くことができるように、少しでも役に立つ奉仕が出来たらと願っております。是非、教師としての成長のため、また足利教会のためにもお祈りください。