新入生の証
何人かでも救うために

入学生 奥村 夏葉
ワーカーズ2年課程・清水BBC
このように、神様のお導きと皆様の祈りに支えられ、神学校への入学が許されたことを心から神様に感謝いたします。今回は、私の救いと献身について証させていただきます。
私は、クリスチャンホームに生まれ、幼い頃から聖書の話に親しみ、日曜日に教会へ行くことは当たり前の生活を送っていました。イエス様の十字架や復活についても信じていましたが、自分の罪については意識が低く、自分の罪についてはっきりと示されたのは、高校1年生の春でした。ルカ15:4−7より、羊の姿から罪人の姿を示され、救いへと導いてくださる神様が必要であるということと、神様は罪の世界で彷徨う私を探して救うために、イエス様をこの世界へ送ってくださり、イエス様を通して救いを用意してくださったことを、これまで以上に自分のこととして理解しました。また、ヨハネ15:5の御言葉より、イエス様にとどまり続けることを教えられた私は、自分の弱さや罪ある姿をよりはっきりと自覚し、神様はそんな私の全生涯を導き、愛してくださるという恵みを知る中で、信仰の確信へと導かれ、バプテスマを受ける恵みに与りました。
それからも、日曜学校や礼拝で聖書のメッセージをいただき、私が最初に献身の思いへと導かれたのは大学3年生の年でした。特に時間において自分の思いを第一に過ごしていた私に、神様はマタイ6:33の御言葉を通して罪を示し、悔い改める機会をくださり、今まで自分のために使っていた時間を、日々の生活の中での祈りやデボーションに使い、参加できる教会の行事には全て参加し、神様との時間を第一とする生き方へ導いてくださいました。
また、神様は、私自身に与えられている賜物が分からず、すぐに他人と比較して、自分には差し出せるものが何もないと思ってしまっていた私の気持ちを「秀でるものは何も持っていないけれど、せめて私の全てを用いてください」という心へ変えてくださり、献身の思いを与えてくださいました。
献身の思いを持ちながら、看護学生時代には働き方を考える中でマルコ2:17より、訪問看護師としての道が示されたり、社会人になってからはイザヤ55:5、12ー13より、今与えられている環境の中で、神様の力をいただいて、積極的に神様を喜んで証するように導かれていきました。神様からの導きを日々祈る中で、2024年6月の祈祷会で開かれた1コリント9:22のパウロの姿を通して、主のためなら、何人かでも救うためなら何にでもなりたいという思いが与えられ、デボーションの中で与えられた2テモテ4:2、5より、福音宣教のために私の生涯をお捧げする決心へと導かれました。
これからの神学校での学びと訓練を通して、主の栄光を現す通り良き管となれますよう、お祈りに覚えていただけますと幸いです。
