修了生の証
愛する主に心から感謝して

修了生 金原 史佳
ワーカーズ2年課程・清水BBC
主のすばらしい御名を心から賛美いたします。入学式の翌朝、カーテンを開けてびっくりしました。燃えてしまうのではないかと思うくらい真っ赤な朝焼けが辺りを照らしていて、この世界を造られた神様を恐れました。翌日、齋藤先生から「『みことばが与えられた』と言うのはどう思いますか?すでに聖書六十六巻は与えられています。」と教えていただき、はっとしました。朝焼けもそうですが、私はこれまでどれだけ神様のくださる恵みを見逃し、みことばを聞き逃してきたのだろうと思いました。この二年間は、神様のくださる驚くばかりの恵みに気付かされ、朽ちることのないみことばに目が開かれ、心探られ、励まされ、力をいただき、生きて働かれる神様を知る本当に幸いな期間でした。言い尽くせない主への感謝を覚えつつ、ここでは特に三つのことを主に感謝し、お証とさせていただきます。
「主がお入用なのです。」(ルカ19:31)
まず、変わることのない主の召しに感謝いたします。大学生の時、小さな子ろばを用いると言ってくださる主に、看護師として、伝道者として、お仕えしていきたいと導かれました。それから神様は、看護師として四年間の経験をくださり、神学校で二年間の学びと訓練を与えてくださいました。この二年間、自分の弱さをこれでもかと示される中で、このような小さな私を主が用いてくださるということが大きな励ましでした。そして、四月から教会スタッフと地域の看護師としての働きが始まりました。今日も主が私を用いてくださるということが力となっています。ここまでの主のお導きを感謝いたします。
「主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。」(詩篇23:1)
次に、私は弱い羊ですが、主が私の羊飼いであることを感謝いたします。入学前、修了後は神の武具をたくさん身につけて強く雄々しく働きに出るのを想像していました。そのような側面もありましたが、どちらかと言えば、剣を奪われ、鎧をはぎ取られ、弱さが突きつけられました。私は神様の前にどうしようもない罪人なのだと何度も示され、その度に、このような私のためにいのちを投げ出してくださったイエス様の十字架の愛に深く感謝し、悔い改めへと導かれました。自分の弱さを知るとき、主だけが輝いていました。今日も大牧者であられる主が私とともにいてくださることを感謝いたします。
「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。今私が肉において生きているいのちは、私を愛し、私のためにご自分を与えてくださった、神の御子に対する信仰によるのです。」(ガラテヤ2:20)
そして、私のうちにキリストがおられることを感謝いたします。ギリシャ語の課題に取り組んでいる時、「キリストが私『のうちに』生きておられる」が、前置詞『εν』であると気が付きました。キリストが私のど真ん中におられる、キリストと一つにされている、だからもはや私が生きているのではない、私の人生を歩まなくていいのだと分かり、胸が熱くなりました。キリストとともに十字架につけられ、自分にはキリストのいのち以外は何も残っていないという栄光の特権にあずかっていることを感謝いたします。 最後に、学ぶ楽しさと献身者としての生き方を教えてくださった神学校の先生方に、多くの祈りと励ましをくださった諸教会の皆様に、十二弟子のように学びと訓練と寝食を共にさせていただいた神学生の皆様に、生活を支えてくれたノンクリスチャンの家族に、祈りの内に送り出してくださった清水聖書バプテスト教会の皆様に、主にあって感謝いたします。皆様に主の恵みがともにありますように。愛する主に心から感謝しつつ、すべての栄光をお返しいたします。
