卒業生の証
4年の学びを感謝して

卒業生 池側 真紀
4年課程・茨城BBC
長いようで短く、短いようで長い神学校生活も、主の恵みと導きによって守られたことを、まず何よりも神に感謝いたします。
この4年間、神さまは様々なことを通して、私を砕いて練ってくださいました。それはⅠペテロ1章6-7節にあるように、火で精錬されるようなもので、苦しいこともありましたが、それを通して主は様々なことを教えてくださったように思います。先生方から受けた授業での学びもとても貴重で、キリスト者としての世界観、物事の見方について改めて考える示唆が与えられ、自分の考えがどこから来ているか、見直すようになりました。また、宣教は神がなさるものでそれに私たちは参与させて頂くという見方も新たに教えられたことでした。視野を広げるような様々な授業を与えてくださり、チャペルや日々のお交わりを通しても励まし導いてくださった先生方に心から感謝申し上げます。
私が入学した時は、コロナ禍真っ只中にあって、人数も少なく学年各一人という時期でしたが、その分濃いお交わりができたように思います。同期がなく、直接共に学んだ先輩3学年、後輩3学年で12人と少ない人数でしたが、共に学び、訓練を受け、いろいろなことで励まし合うことができました。その交わりの祝福をとても感謝しています。
またこの学びと訓練は、母教会である茨木聖書バプテスト教会の先生方や兄弟姉妹の皆様のお祈りと励ましによって支えられました。先生方はじめ兄弟姉妹に感謝いたします。また、母教会が遠い大阪にあることもあって、4年間奉仕教会が与えられたことも感謝でした。1年生の時にお世話になった熊谷バイブルバプテスト教会、2年生でお世話になった太田聖書バプテスト教会、3年生から2年間お世話になった稲毛聖書バプテスト教会、それぞれの教会の先生方また兄弟姉妹の皆様に心から感謝いたします。また、水曜日の集会には、上田聖書バプテスト教会に、4年間通わせてくださったことも感謝でした。
卒業式を終えてから1か月少し経ち、大阪の夏の酷暑に参ってしまっていますが、「学ぶために入り、仕えるために出て行く」神学校から送り出されるように卒業まで守られたので、「私たちは、この宝を土の器の中に入れています。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものではないことが明らかになるためです。」(2コリント4章7節)の御言葉にあるように、土の器が砕かれて、中にある福音の輝きが現れるということを覚えて、主が福音宣教のためにこの土の器を砕いて用いてくださることを信じ、神さまがどのような働き場で用いられるかわかりませんが、導かれたところで、忠実に、謙遜に、主にあって、続けて歩んでいきたいと願っています。
最後に、すべてを与えてくださって支えてくださった私たちの愛する唯一真の主なる神さまに栄光を帰して、感謝の言葉とさせていただきます。
